2018.02.20
『聴導犬のなみだ』本に入りきらなかった裏話!その3
2017年12月、すでにお知らせしましたが、聴導犬アーミとユーザーである安藤さんのペアが認定試験に合格しました。そして、アーミのデビューに伴って、今まで聴導犬として8年間頑張ってくれたレオンが引退となりました。書籍『聴導犬のなみだ』にも登場するレオンは、これからペットとしてユーザーさんのお宅でどのような生活を送るのか……。最終回となる第3回のテーマは「引退後のレオン」です。
野中圭一郎(以下、野中)
2017年の年末に認定試験があり、アーミが聴導犬として合格し、レオンが引退することとなりました。レオンの引退後の話を伺う前に、まず実際の認定試験は具体的にどのように行われたのかを教えていただけますか?
協会・水越(以下、水越)
試験は12月14日、名古屋で行われました。実際には、書類審査、動作検証、審査会という流れになります。
野中
「動作検証」というのはどういうことをするのですか?
水越
実際に社会参加ができるのかどうかを確認するためのものです。リハビリ室のような屋内に、実際に生活できる部屋があり、音を鳴らして反応できるかを調べます。
野中
聴導犬としての基礎的な部分になるわけですね。
水越
リハビリ室には、アーミにもユーザーの安藤さんにとっても、ホテルに泊まったときと同じ状況になります。だからホテルに宿泊した際、ユーザーが「これを伝えてほしい」と犬に伝えられるか。また犬が家の中と同じように反応してくれるかどうかをチェックしていきます。
部屋には電子レンジやタイマーが置かれていますが、日常で使っているものではありません。外でもきちんとコミュニケーションが取れているのか確認していくことが、目的になっています。
野中
ふだんの家の中と音の種類が違うということですね。
水越
そうですね。それから動作検証は室内だけではなく外でも実施されます。外出中に犬にトイレをさせるときはどうするか。例えば「ペットシーツでさせます」とユーザーが答えたら、「ちょっとさせてみてください」となる。ペットシーツを使う場所はどこか、外なのか、障がい者用のトイレなのか。ユーザーが「自分は障がい者用のトイレでペットシーツを使ってさせます」と答えれば、実際の障がい者用のトイレに入り、ペットシーツを敷いて、用を足すことができるかを確認します。
野中
社会に出たときに、「聴導犬がまわりに迷惑をかけないできちんとできるか」ということを確認するわけですね。
水越
そうですね。それ以外でいえば、外に出たときに、きちんと落ち着いて歩くことができるか。よく犬がやるようなあちこちの匂いを嗅いだり、あっちへフラフラ、こっちへフラフラせずに歩けるか。さらには、電車に乗ったり、買い物に行ったり、食事する場所に行って、実際に待機するできるか、など、本当に社会に出たときに必要となる基本的なところを、すべて確認していきます。
野中
以前、私が飼っていた犬は、散歩に行くとあちこちの匂いをこれでもかというほどクンクンと嗅ぎまわっていました(笑)。そういう意味でもきちんと社会生活ができるのか確認は重要な要素になってきますね。
水越
まず犬と人がきちんとコミュニケーションが取れていることを確認した上で、人が犬をきちんとコントロールしているかどうかというところを確認していきます。
野中
最後の「審査会」というのは、どういうことをするのでしょうか?
水越
「書類審査」と「動作検証」の結果をもとに、審査員が話し合って、認定するかどうかを決めることになります。
野中
認定試験の結果は、その日にいい渡されるんですか?
水越
そうですね。アーミの場合は審査会が終わってから、認定証の授与式のように、審査員の長から、「認定証です」といって渡していただきました。
野中
そのとき安藤さんはどんな感じでした?
水越
肩の荷が下りたっていっていましたね。とりあえず試験が終わったから。
試験会場の外で控えていた私と安藤さんと二人して、「ふぅ~。肩の荷が下りたね」といって、「うん。そうだね」と答える感じでしょうか(笑)
野中
アーミの認定試験が行われている間、引退することになるかもしれないレオンはどこにいたんですか?
水越
レオンは、私と一緒に車の中で待っていました。
野中
実際、認定試験はどのくらい時間がかかるのですか?
水越
全部あわせて三時間、四時間くらいですかね。それで、その場でアーミの認定証をもらって、レオンの認定証を返却しました。
野中
アーミの合格と同時にレオンの認定証を返すんですね。
水越
一人のユーザーが聴導犬の認定証を二枚持つことはできません。アーミの認定証を受け取るイコールレオンの認定証を返すことを意味します。その返却が、レオンの聴導犬としての引退の手続きになりました。
野中
12月14日の認定試験から、3週間ほど経ちました。(この対談は2018年1月初頭に行われました)が、最近、安藤さんと連絡を取られましたか?
水越
はい。ふだんからよく連絡を取っています。
野中
訓練士として水越さんは、聴導犬になったばっかりの新人アーミのその後と、引退したばかりのレオンの様子と、どちらが気になるものなんですか?
水越
どちらも、ですね。例えば、聴導犬になるための訓練をしている最中に経験させることができなかったことって、けっこうたくさんあるんです。実際、ユーザーと社会参加してアーミが経験をしていかなければいけないこともたくさんあります。そういう点については、安藤さんもすごく理解してくれています。自分がどうしなければいけないのか、どうフォローしたほうがいいのかということをきちんと考えてくださっていますので、アーミに関しても、「大丈夫かな?」という心配よりは、安藤さんからどういう報告があがってくるかなという楽しみのほうが勝っている感じでしょうか。
野中
昨年の12月14日までアーミは、まだ聴導犬ではなかったわけですから、レオンと一緒に外出することはあっても、一人で安藤さんと外出することはなかったわけですね。
水越
そうですね。
野中
しかもレオンと一緒に行くときもまだアーミはペットだから、ペットが行ける場所にしか行っていないわけですよね。
水越
今までは、アーミは自分が待たされる立場だったんです。それが逆になった。「レオン兄ちゃんは行かないの?」みたいに、ちょっと後ろを振り返ったりすることがあると安藤さんから聞いています。だから「レオン兄ちゃんはもう引退したんだよ。だから、あんたが頑張んなきゃいけないんだよ」とアーミとやり取りしながら、一緒に出かけて行くといっていましたね。
野中
レオンもアーミも「自分の役割は変わったな」ということに本当に気づくのは、三ヶ月とか半年とか、かかるんでしょうか……。
水越
そうですね。実際には半年ぐらいはかかるんじゃないでしょうか。安藤さんは、この一年半というもの、ちょっとずつ、ちょっとずつレオンに引退をほのめかしてきました。それで実際に引退した。レオンも自分が引退していることは理解できていると思います。それでも心のどこかで「自分がやらなきゃ」とまだ責任を感じているところもいっぱいあると思うんですね。逆にレオンが今後、どういうふうになっていくかは、私たちにも予測がつかないところでもあるんです。
できる限り、レオンにとって負担にならないように、レオンがいじけないようにしようと、安藤さんとよく話をしています。どうしてあげるのが一番いいのか、いくつも準備していて、今、やっとそれを実際に試しはじめているところです。
野中
具体的に、引退してからのレオンに何かエピソードはありますか?
水越
引退した次の日に、和歌山の中学校で安藤さんの講演会が入っていました。今までだったらレオンが前に出て、アーミはハウスの中で待機しているわけですが、その日はアーミが講演に出ていく。車で待機していたレオンが途中から、「俺を出せ!俺の仕事だー!」っていったんですよ(笑)。
野中
ええ~!
水越
責任感があるんですね。今まで俺が出ていたから、俺がでないといけないだろうという考えが、レオンの中にまだ残っている。いきなり「今日から違いますよ」といわれても、すぐには気持ちが追いつかなかったんですね。
その日の講演会の後、安藤さんと「一緒にいたら、レオンは仕事をしなくちゃいけないと思ってしまうから、もうこういう場所には極力連れてこない方がいいかも。そのかわり、車で待機させられることができる時期であれば、とりあえず車で待機させることからはじめよう」と話をしました。
二回目の講演がはじまる前、私がレオンをそそくさと車に連れていって、「安藤さんとアーミが仕事をしてくるから、とりあえずここで待っててね」といって待たせておいて。そうしたら今度は、理解できたのか、普通に昼寝をしてしまいました(笑)。講演の会場に入ってしまうと、レオンも「仕事しなきゃ」っていう気持ちになってしまうから車で待機してもらうほうがいいのでしょうね。
野中
会場に入るというのは、講演やデモンストレーションをする安藤さんやアーミと同じ会場にいるという意味ですよね。
水越
そうです。同じ会場にいて、安藤さんが講演をはじめるとレオンは「自分がやらなきゃいけない」というモードになってしまう。ただ、レオンに会いたいと希望する人が、まだまだたくさんいるんです。私も今まで何頭か聴導犬の引退は見てきましたけど、レオンには一番ファンが多いというか、引退を惜しむ声は強くありますね。だから、安藤さんはレオンがみんなとお別れする「レオンの引退式」を3月に開催するんです。
野中
3月だとレオンが引退してから3ヵ月ですね。そのときに、レオンに対する安藤さんの気持ちは、どうなっているんでしょうね。本当の意味で、レオンに引退が訪れるのは、引退式の後ぐらいになるのかもしれないですね。
水越
「レオンには、一ペットとして本当の意味でゆっくりと楽しい余生を過ごしてほしい」。安藤さんがあるときにしみじみそんな話をしていました。安藤さんはこれまでずっとレオンに負担をかけていたのかなという思いがあったのかもしれません。「レオン、本当にお疲れさま」。そんな気持ちなんではないでしょうか。
今日はありがとうございました。
野中
全3回に渡り、ありがとうございました。
「『聴導犬のなみだ』本に入りきらなかった裏話」は今回が最終回となります。ご拝読いただき、ありがとうございました。
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『聴導犬のなみだ』著者、野中圭一郎さんのプロフィール
熊本県生まれ。東北大学文学部卒業後、大手洋酒メーカーに入社。広報部でPR誌などを担当した後、出版社へ。書籍編集部で恋愛や人生エッセイ、タレント本やテレビとの連動企画など数多くの話題作を手がけた後、独立。現在に至る。「日本の聴導犬の父」でもある藤井多嘉史さん、聡さん親子に2001年頃から取材していた関係から、長年、聴導犬の育成・普及に心を配り、この度『聴導犬のなみだ』を上梓した。