2017.12.18
『聴導犬のなみだ』本に入りきらなかった裏話!その1
2017年11月、聴導犬に関わる人や犬たちの物語を綴った書籍『聴導犬のなみだ~良きパートナーとの感動の物語』が発売されました。
著者の野中圭一郎さんは、当協会に何度も訪れて取材を重ねていただき、聴導犬ユーザーさんや、訓練士の想いを1冊にまとめてくれました。
そこで、書籍好評の感謝企画として、野中さんが聴導犬について取材を続ける中で、書籍では語り尽くせなかったエピソードを「『聴導犬のなみだ』本に入りきらなかった裏話」として、全3回に分けてお届けします!
※職員の秋葉(左)、著者の野中さん(中)、出版社の岡本さん(右)
第1回【クリスマスにやってきた犬、「さんた」】
野中圭一郎(以下、野中)
秋葉さん、この度は『聴導犬のなみだ』の取材で、いろいろとご協力いただきありがとうございました。そういえば、最近本を読んだ方から、「秋葉さんて、どんな人なんですか?」とよく聞かれるんです。
協会・秋葉(以下、秋葉)
そうなんですか?恐縮です(笑)
野中
アルバイトをしながら、協会の活動を続けているという点が、すごいと思うみたいですね。それから先輩訓練士の水越さんにビシッと言われるシーンも印象的なようです。
秋葉
僕が、「訓練士として適正なし」と言われるところですね(笑)。
野中
それを言われたのが、秋葉さんが訓練士を目指して担当犬「あづね」の世話をしているときでしたよね。あづねは秋葉さんが担当された4頭目の犬。
秋葉
そうです。実は、取材の時にはお話をしなかったのですが、あづねの前に担当していたそれぞれの犬にも思い入れがあって、特に3頭目に担当した「さんた」は印象深かったですね。
野中
「さんた」ですか?いい名前ですね。では、今回、「さんた」について少し伺わせてください。そもそも、どういう経緯で、協会にやってきたのですか?
秋葉
さんたは動物愛護の活動をされている方から紹介された犬でした。4年前のちょうどクリスマス前のことです。当時、訓練士の水越も内田も、他の犬を担当していてバタバタしていて、とりあえず僕が担当することになったんです。
野中
犬種は?
秋葉
雑種です。生後2ヶ月ちょっとくらいだったでしょうか。とにかくかわいかったですね。
野中
「さんた」という素敵な名前はどこから来たんですか?
秋葉
引き取って協会に帰る車の中で、ぼくと水越の2人で「12月のクリスマスシーズンだからさんたにしよう」という割と軽い感じでつけました。練りに練って考えたというよりも、思いつきでしたね。
野中
クリスマスプレゼントではないですが、そういった形で12月に協会にさんたが来て、秋葉さんが世話をすることになったわけですね。
秋葉
ええ。さんたを譲り受けた時はそれまでと違って、ペットが飼えるところに引っ越していたので、さんたはぼくにとって、協会でも家でも世話ができた初めての子犬でした。
野中
24時間、一緒に生活をして、世話をした最初の子犬が、さんただったんですね。
秋葉
はい。自宅で、夜中にトイレの世話をしたり、しつけをしたりしながら、聴導犬としてあるべき姿になってほしいという思いで生活していました。それまでに担当した2頭の世話を終えてからさんたを担当するまでちょっと期間も空いていたのですが、「今度こそ、聴導犬に育てたい」という気持ちが強くありました。
ぼくが担当した最初の2頭は、最終的に聴導犬にならずにキャリアチェンジをしたのですが、性格の面で少し臆病なところがあったんです。子犬の時期にいろいろなものを見たり、いろいろな人と触れ合う経験が足りないとそうなりがちなんですね。ですので、さんたには同じことはさせたくないという思いからいろいろな場所に一緒に行くことを心がけていました。協会の仕事に加えてアルバイトもしていたので、出かけるときは夜中ということも少なくなかったのですが、いろいろな経験をさせてあげたいという一心でしたね。
野中
その場合、外に連れていく、ということも含めての世話になるわけですよね。
秋葉
はい。でも、聴導犬ではないので、普通のペットとして外出していました。例えば公園に行って、散歩中の人にあえて触ってもらったり。
野中
聴導犬になる基礎的な部分、つまり人に慣れるということを学ばせようとされたんですね。
秋葉
しつけ的なことだけではなく、性格的な部分でも成長してほしいと考えていました。
さんたを担当してから3~4ヵ月ぐらい経った頃、先輩の水越との話の中で、「さんたは、人とのつながりが弱い」という指摘を受けました。ぼくとしては、「ずっと一緒にいて世話もしているし、いろいろなことを一緒に経験してきている。つながりが弱いなんてことはない」と、いまいちピンとこなかったんです。
野中
本でも繰り返し書いた水越さんからのダメ出しってやつですね(笑)。具体的には?
秋葉
リードを持っていてもさんたがぼくのことをあまり気にしていないと指摘されたんです。聴導犬はユーザーさんと常に一緒に行動をするわけですから、本来なら「人が何を考えていて、自分はどうしていたらいいのか」とか「自分が何をしたら、人は喜んでくれるのか」と思っていてほしいのに、パートナーである僕の存在が重要でないものになっていたんですね。もっと人とのつながりを意識し、行動する犬じゃないといけないのに、人のことを考えない犬になってきていると。
不満なところもありましたが、たしかに考えてみると、さんたにいろいろな経験をさせたり、いろいろな場所に連れて行ったりしていましたが、そこに「ぼく」という存在を意識させることができていなかった。一緒に出かけてはいるけれど、行った先の場所そのものがさんたの関心のメインになっていて、一緒にいる相手がぼくである必要がなかったんです。
野中
要は、犬が外の世界ばかりを見ている。そこに連れて行った人に対しては、あまり意識を向けていない、そんな状態になっていると…。
秋葉
ええ。聴導犬は、この人に音を知らせたいとか、人のために何かをすることがうれしいという性格であることが大事になってくるのに…。
野中
そのような状態を、ベテラン訓練士の水越さんに見抜かれてしまったのですね。
秋葉
そうですね。そう言われて客観的に自分たちを見ると、たしかにさんたはぼくのことをほとんど見ていないなって理解できました。「なんか、キョロキョロとほかのものばかりに注意が向いていて、ぼくの方をあまり見ないな」と。ただ、当時のぼくの本心としては、「いや、そんなこと言われても」っていう気持ちが強くありました。
野中
24時間、一緒にいるわけですもんね。そんなこと言われたくないよと。(笑)
秋葉
いやいや、そこまで思ってませんよ(笑)。でも、たしかにそんなこと言われても、「いや、自分とさんたには深いつながりがあるはずだ」と信じていました。でも、プロ中のプロである水越の目で見ると、「本当のつながりっていうのはそういう部分ではない!」となる。さんたは、そのときまだ生後半年ちょっとでした。「今、直さないと聴導犬になるのは難しい」と言われて、水越にさんたを見てもらうことにしたんです。
野中
それでもさんたは、秋葉さんと一緒にいたら、しっぽを振ったり、オスワリと言ったらオスワリをしたりといった普通のことはできていたんですよね。
秋葉
そうですね。
野中
だけど、聴導犬となるには、その先にさらに必要な要素がある、ということになるわけですね?でも、それをふまえて、子犬を育てていくということは、実際問題、相当難しいことですよね。
秋葉
難しいです。ただ、意識をして育てていかないと、「言われたことはきくけど、オスワリをしたくてしているわけじゃない。ただ、やっておけばおやつがもらえるから」というように、人と犬の本当のつながりではなくて、おやつが欲しいから、それをやるという性格の犬になってしまうこともある。
つまり、人のことは基本的に好きであったとしても、その先の(パートナーである)ぼくのために何かする」ことが、さんたにとってうれしい行為にならないといけない。ぼくは本当の意味で、さんたとの間につながりが作れていなかったんです。
野中
さんたもどんどん成長していくし、早く手を打たないと聴導犬になる素質を摘んでいくことになる。だから水越さんに交代したという感じですね。
秋葉
そうですね。実際、渡したときには、自分が訓練していたさんたと、水越が訓練をはじめたさんたとの変化を見てみたいという気持ちもどこかにありました。だから『聴導犬のなみだ』で取材していただいた「あづね」とときほどかたくなに「自分がやりたい」という気持ちはありませんでした。今後、自分が成長していくためにも、水越との育て方の違いを肌で感じてみたいと思っていましたね。
野中
聴導犬を育てる第一人者である水越さんが、どうやってさんたを育てるのかということを学ぶためにもという考えが秋葉さんの中にあったから、そのときはすんなり渡せたという感じですか?
秋葉
はい。ただ、振り返ってみると、自分としては子犬と24時間生活を共にする経験が初めてでしたし、1人暮らしで、自分の部屋に自分以外の生き物がいるというのが新鮮でした。さんたの世話ができたというのは、自分が成長していく上でもプライベートを楽しむという意味でも、本当にいいクリスマスプレゼントだったなと思います。
野中
でも、ちょっぴり切ないクリスマスプレゼントでもあったわけですよね。
秋葉
そうとも取れますよね(笑)。結果的に、自分に足りていないことが理解できて、よかったですよ。今、そのさんたは聴導犬になることを目指して最終段階まできています。
野中
近い将来、さんたが聴導犬になったら最初の3ヵ月間、秋葉さんが愛情をかけたことがきっと彼のどこかに血肉として流れることになるでしょうね。その意味でも、さんたに早く聴導犬になってほしいという気持ちも当然。
秋葉
それはありますね。
野中
今、秋葉さんとさんたは、どういう関係なんですか?
秋葉
水越が見ることが多いですが、さんたと一緒に暮らす予定の希望者の方の訓練には、僕も参加しています。さんたが聴導犬になると決まった後も、その希望者の方とのやり取りなど、今の自分でできることは関わっています。
野中
ということは、水越さんから「さんたに関わっちゃダメ」って言われているわけではないと…。
秋葉
というわけではないです、ないです(笑)。そこまでじゃないですよ。
野中
秋葉さんのDNAが入ったさんた。将来、聴導犬として大きく羽ばたいてくれること、とても楽しみですね。早く聴導犬になれるといいですね。本日はありがとうございました。
秋葉
こちらこそお忙しいところありがとうございました。
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次回の「『聴導犬のなみだ』本に入りきらなかった裏話」は、1月下旬に公開予定です。次回はどんな裏話が出てくるのか。ぜひお楽しみに!
『聴導犬のなみだ』著者、野中圭一郎さんのプロフィール
熊本県生まれ。東北大学文学部卒業後、大手洋酒メーカーに入社。広報部でPR誌などを担当した後、出版社へ。書籍編集部で恋愛や人生エッセイ、タレント本やテレビとの連動企画など数多くの話題作を手がけた後、独立。現在に至る。「日本の聴導犬の父」でもある藤井多嘉史さん、聡さん親子に2001年頃から取材していた関係から、長年、聴導犬の育成・普及に心を配り、この度『聴導犬のなみだ』を上梓した。